無題

2008年12月30日 日常
あまり寝ていない時は、思考がギザギザになってくる。頭のてっぺんから脳みそがそのままでてる感じで、被った帽子がウネウネ動いている!(そんな筈はねえ!)

つーかあれだ、スイッチのオンオフとか考えてるから、こんな四角い頭になるんだ。もう少しおおざっぱに生活するスイッチオン。
バイトのあとは脳みそや感情が鉄板ぽくまっ平らになる。
トイレにいちごのシャーベットみたいな色をしたげろがある。渋谷には何でもあるなあ。
始発の車両から見える3つ並んだ公衆電話。彼らは孤独を持て余している。
オーダー読み上げるみたいに単発のフレーズしか出てこない。脳みその形が変わってしまっている。
THE NORTH FACE.吊革に片手をかける彼は俯いて携帯を打つ。僕の前で。
窓から見える風景はひどく寒そう。
Milesの音は今日も不機嫌そうだ。抑圧された性欲を刺激する。
踏切のところだけ夜だ。二本の線路がひたすら走る。
固まった思考の枠が見えてくる。おはよう、僕の理性。もう少しだけお世話になります。
不安すら欠如している朝だ。滞る脳内作業。
さよならはいつも突然。前触れもなく自動ドアは開くのだった。
感覚と無感覚の間を、もうしばらく彷徨ってみようと思う。

無題

2008年12月26日 日常
煙草を吸っているときに煙草を吸っていることを考えていたら、負けだと思う。

無題

2008年12月26日 日常
もやもやしているのに硬い、ゴムボールのようなもの。これすなわち不安なり。針でブスッと刺すことも、臆病だからできない。
ナメクジはそろりと動き出す。顔に吹きかかる空気にも無関心に、ゆったりと進む。彼女が考えているのはきっと、ひどく単純なことだ。

12/25 15:40

2008年12月26日 日常
頭がカチコチに硬化していて
5分間の幻想に浸るために煙草を使う。
身体が重い。
下を向いて歩く。

真っ白な世界の住人を思う。
小刻みに動く感情の音がきこえる。
ばらばらになって消えていく。

見事に世の消費活動のサイクルに組み込まれている自分。
つかの間の強烈な孤独を噛みしめる。

閉じていく暗闇のすき間にはいりこむ。よっこらしょ。
突然わきあがる惨めなイメージ。
遠ざかる記憶の影が尾を引いて、僕の首ねっこをつかむ。

ひとつひとつ選択して、残った意思はいつもちっぽけ。
探し続ける実感すら失う。

ただ虚しさだけが僕に寄り添う。
いつだってそう。

造られたリアリティー、結果的な沈黙。
全てはつじつまを合わせるためだけに。

無題

2008年12月22日 日常
愛すべき馬鹿と愛すべきでない馬鹿がいて、
愛すべきでない馬鹿は、理屈をぐだぐだ並べるくせに、自愛をきちんと持っていて、世界の中の自分の位置づけを完璧に把握している奴。
僕が好きなのはそうでない者たち、モノたち全て。

無題

2008年12月20日 日常
孤独について考えながら、夜の商店街を歩いていた。
シャッターの閉じた、写真の現像のできるお店の、2つの時計(一方は今の時間、もう一方は写真のできる30分後の時間)。
昼間のまんま動き続けていたけど、ふと長針のタイミングすらあっていないことに気付いて、やっぱり僕は孤独を感じた。

内と外

2008年12月20日 日常
駅の改札をでて、イヤホンを外した。
その瞬間、背中からナイフで刺された。
最後に、世の不条理を思って果てた。

真夜中の高速

2008年12月19日 日常
夜の高速の信号は
赤にも黄色にも緑にも光るんだ知ってた?
てそりゃ当たり前だよお兄さん(狂)
なんつーかなんとなくではなく、
こう、さっき言ったみたいに、
意識的に行えてかつスイッチがカチッと切り替わった確かな実感を持てる。
そういう感情のコントロール。
て映画見た。渋谷で。
童貞たちが空振りしまくる映画というのは心地よいね。
(と言い放った手前、彼女と別れて半年たつと童貞に戻るという有力説。)
あとで調べてたんだけど、女優の安藤サクラよい。
演技うめーぞとかそんなことより、よい。
舞台になってた海の近くの町(て設定だった)の感じがとても好きだ。


全く関係ないけど
ネクラとネアカの差は本当微々たるものというか
スイッチのon/offでしかないのだね。いやはや。
時々気づいて慌ててoffからonに変えたりする。
ネクラ的なことを言えば、適切な想像力があるから
スイッチの操作ができるんだと思う、今のところ。
平凡な毎日も少しの努力で明るく楽しく思えてくるんだねっ♪(きゃぴきゃぴ)
という方向にもっていくつもりはないが、感情のコントロールってできるんだね、本気(マジ)で。
地鳴りの如きドゴーンッ!ズゴーンッ!ってピアノが心地よすぎる。
締まったご機嫌でぶがコロコロと坂道を転がっていくような音楽だ。
故に非常に愛らしいっす。

イメージ1

2008年11月21日 日常
雨が降ったと時、
意地でも腕を組んだまま
早歩きを続ける東大生
“村上春樹的なもの”を共有したがる人には、
永沢さんみたいに強欲で傲慢な人が多くてイヤ気がさすけど、
村上春樹の作品を(もしくは彼自身を)
好きと言い切ることは、
彼のあとに生まれた私たちのテーマの一つだと思う。(大げさか?)


人のことを好きと言い切ること自体、
きっとひどく傲慢なことだと思うから。
そして彼自身、そのことを誰よりもよく知っている。

メーモ。

2008年10月21日 日常
時々音楽と数学や物理、あるいは音楽と語学が似ているように思えて
その類似性を考えるんだけど、結局は全く別のものだ、という結論にいつも落ち着く。
代数は音楽で幾何は絵画に例えられるとかよくきくけど、んー正直よくわからないな。
ちなみに好きな順番は、音楽、語学、数学・物理。
やっていて楽しい順。
ハハハハ
ハハハハ

ただただ沈んでいく物語だ。

ハハハハ
ハハハハ

それは狂気も超えてきっと諦めも超えて悲しみすら超えて、
ただただゆらりゆらりと底に底に落ちていくだけ。

ハハハハ
ハハハハ

世界の終りには絶望や失望も消え去って
残るのは情けなさなのだと思う。きっと。

脳細胞の限界が立ちはだかった時には
一体全体なすすべがない。
トホホ、とするしかない。溜息つくしかない。

僕の把握してない世界はものすごいスピードで現在も拡散していく。
だから頑張って頭使えって話ではなく、
それにあがらえないというところから始めなくてはならないのかも。

一生懸命努力します、ていう問題じゃない。
人間の体のつくりはもともと欠陥だらけなのだ。
最後の砦であるはずの想像力にも、このスコンと世界が入るらしい脳みそにも、
どうやら機能の最大出力があるようなのだ。

トホホ。トホホ。
溜息。溜息。

ではなく?

明日のために他になにができるか、だ。
そこから。

Akira

2008年9月5日 趣味
この重量感やべー。
世界に飲み込まれる感やべー。
読み終わるまでアキラと鉄雄のまきちらす粉塵の中にいたよ俺は。

なんといっても大友克洋の精緻なデッサンを
映画の一コマのように刹那に残像を残す程度のスピードで
あえて飛ばして読む贅沢さね。(伝わるだろうか)

ミヤコもカオリもケイもそして鳥男さえ好きだ。
うーん、登場人物たちのこの強烈な自己主張はなんだろう。
圧倒の一言ですな。

しかしあれだなあ

2008年9月3日
人の琴線をはりめぐらしている部分をあえて狙ってブスッってやるのって
とても下品なことだなあ。
別にヒューマニスティックな話ではなく。
そう思えたのですよ。

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